GINZA STREET LAB

GINZA STREET LAB

GINZA STREET LAB

ポジティブなノイズをおこして、
まち・人との関係をつくる 三つの実験

2021 年資生堂クリエイティブと武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科は、資生堂銀座ビルのウィンドウアート企画『銀座生態図』後期<銀座の人の営み編>に連動する形で産学共同プロジェクト「Crafting New Beauty 2021 - サステナブルな美の生活価値の共創」を組み立て実行し、成果発表の展示会「GINZA STREET LAB」を開催しました。
会期:2021 年11 月29 日~12 月17 日 
会場:資生堂銀座ビル1階

このプロジェクトは、『人も自然の一部である』という資生堂のサステナビリティの考え方をベースに、銀座の「人の生態系」を体験的に深掘りし、人の営みによって成り立つまちのポテンシャルを読み解くことから未来を切り開こうとする試みです。外から見た銀座には老舗や高級店が立ちならぶイメージが先行しますが、エリアによりまちの表情は異なります。銀座になじみがなく居場所をもたない学生たちは、エリアごとに3 グループに分かれ、パフォーマンスの手法を用いたアーティスティックリサーチによる路上観察を進めました。そして「銀座を生きる人々」との対話の時間を設け、見過ごされがちな銀座の日常にあらためて価値を見出し、まちの人々と自分たちとの間の感覚的でありながら本質的な関係を築くために、ことば-音-色を媒介にした<実験的パフォーマンス>を試みました。大学内の教育リソースに加え、資生堂社内外のクリエーターや専門家、銀座を生活や仕事の場とする人々を巻き込んだ共創プログラムにより生み出された展示企画は、新陳代謝を繰り返すサステナブルな街である銀座のあり方と未来を改めて考える機会にもなりました。

体験と対話から新たな関係が始まる

TEAM A 花す~人々の感性を養分として育つ花

人々の感性を結実させた言葉を糧に育つ花、つまり感性を手掛かりにした人々のつながりや居場所を象徴したもの。来場者が展示に言葉を書き込む参加型インスタレーションです。学生たちは、インタビューを経て銀座の本質を商業地と見極め、さらに売買に不可欠なお金以外の銀座の価値について考えた末にたどり着いた感性的なイメージを花に託しました。

「サステナブルとかSDGs とかいろんなところで聞くと思うんですが、決まり文句になっている面があるなって感じていました。実際に手作りで何年も使うことができる洋服を提供し続けている壹番館洋服店の渡辺さんの信念をお聞きして、サステナブルってこういうことを言うんだなって実感できました。また、インタビューの過程で、銀座の本質が商業地であるってことが自分の中で明確になりました。この気づきを展示に生かせたと思っています」(露久保理子さん、浦山紗理奈さん、Lee Supin さん)

「教室で学ぶだけでなく、学生の皆さんが実際に街に出て、人に会ったり、ものに触れたり、音を聞いたり、五感を総動員して体験的にさまざまな情報を得たという点に価値があると思います。私は銀座の店や街も体験型の売り場になるべきだと考えてきました。その次に大切なのは、売り場がメディアになりうるかということです。学生の皆さんと過ごした時間や展示を通して、改めてそう確信しました」(渡辺新さん)

資生堂のクリエーターも、体験的なアプローチに深く共感しました。
「学生たちは自分の身体を使って銀座の街に出て行って、実体験をした中で作品を作っています。そんな学生たちの手法を見守りながら、私たちはどうかと振り返る機会となりました。化粧品とか、メークであるとか、プロとして広告を作ったり、商品を作ったりしていますが、もっと本当に自ら体験して、それを私たちの中で心に落とし込んだうえでこれらを作れるようにしたいと心底思ったんです」(髙田大資)

豊かな体験には、対話やコミュニケーションが欠かせません。実験の過程には困難も伴いました。
「銀座の街での2回目のリサーチではみんなで白い服を着てスケッチをしながら過ごしてみたのですが、自分の居場所を築けてはいませんでした。自分たちが銀座に入り込んでいいのかとか、銀座の人たちにアクションしていいのかとか、引き気味の気持ちでいたんですね。でも、Bar Morita の栗岩さんとのインタビューの中で、受け入れるとか受け入れてもらおうとか、気持ちの準備ができていなかったことに気づきました。おもてなしをするために本当に大事なのは、装いや設えではなく、心の準備や心構えなんだと理解できました」(今野瑶子さん、竹山唯月さん)

「私自身、話すことはもともと苦手でした。しかし、銀座の街でスーツ店を始めた時もバーテンダーという仕事に挑戦した時も、お客様と話すことから始めたんです。お話をして、コミュニケーションをして、この方は何を望んでいて、この時間を何に使いたいのだろうか、何が欲しいのだろうか、この方は何を飲みたいのだろうか、と考えることから始めました。私はこのスタイルをずっと貫いてきたんです。今でもそうです」(栗岩稔さん)

対話は豊かな体験やおもてなしの出発点になりうるでしょう。そこには困難も伴いますが、疑問を抱き、答えを探そうとする姿勢や、対話のための準備をもてなしと捉える心構えが、人間関係を深めていきそうです。

銀座に集まる人々をしりとりでつなげる

TEAM B さいしょのたんごは「ぎんざ」

音声を活用した作品。「ぎんざ」を最初の単語として、来場者はしりとり形式で言葉をつないでいきます。来場者の音声はディスプレイに文字として表示されるとともに、会場で再生され、単語のつながり方やそこから喚起されるイメージをリアルタイムで感じ取ることができます。

「森岡書店の森岡さんが銀座の街を2 時間半くらいかけてガイドしてくださいました。森岡さんは例えば松屋銀座を見たらここのロゴはこのデザイナーが作ってとか、街で目にできるいろんなものの背景や物語を教えてくださったんです。多くの情報は、いい意味で森岡さんの銀座を見る偏りみたいなものかなと思いました。自分もそういう偏りが銀座に対してできたら居場所を作れるのではないかなと考えるようになりました。あれから時間がたち、自分なりの偏りを銀座で作れたような気がしています」(木下秋津さん、名雪ハルさん)

「私は山形県から東京に出て来たばかりの頃、銀座へは来ませんでした。新宿とか高円寺とかが好きで、神保町には行くんですけど、銀座へは足を向けなかったと記憶しています。銀座に店舗を構えて初めて、銀座ってこんなに良い街だったんだと知りました。この実体験を学生の皆さんにも、分かってほしいと思って、話をしながら街を巡り歩きました。しりとりをしながら銀座の声を集めていくという展示手法やコンセプトは、考現学を提唱した今和次郎が、1920 年代、つまり約100 年前に銀座の往来で実践したリサーチ法に通じる手法ですね。銀座には1 つのことを長く手がける人がいて、そんな店もたくさんあって、ここで初めて生まれたものもあります。それが100 年、150 年と蓄積した街が銀座でもあります」(森岡督行さん)

「CHAIRS の神戸さんにインタビューさせていただきました。これは不思議なことなんですけど、森岡さんへのインタビューと、神戸さんへのインタビューとは別の場所で実施したので話の中身は別々のはずなのに、最後にこのチームが集まったときにインタビューの結論が同じところに向かっていることを感じました。結局、銀座の街の人と人とのつながりに我々の関心も集約していったんです」(崔恩瑛さん、坂上小春さん)

「インタビューを受けた私は、皆さんが今回感じ取ったことをベースに制作された展示作品を見て、人と人とをどうやってつなげることができるのかと改めて考える機会を得ました。純粋な感性を生かして、子ども心を忘れずに、人と人とをつなげるべきだという学びを私の方がいただいたと思います。こういう活動が、銀座の日常の営みの中に残っていっても不思議ではないし、今回のような企画がきっかけになるよう、私も貢献できたら嬉しいなと改めて思いました」(神戸由紀子さん)

新しいことに挑戦してきた人々が、100 年、150 年と時間をかけて作ってきた銀座の街から得られる数多くの視覚情報、またこれらの中で生活を営む人と人とのつながりが、この作品の中ではしりとりという言葉の連鎖によって紡がれました。その意味で、この作品は銀座という街のサステナビリティを炙り出していると言えるでしょう。

「赤」は銀座で見つけた主役の色

TEAM C Doki Doki Red Shop‼

銀座を舞台にしたフィールドワークで、目を引く赤色の服をまとって「隠れんぼ」をしました。さらに銀座を長い間見つめてきた人たちと交流し、インタビューを経て、「銀座の日常の物語の主人公は自分自身だ」という気付きを得ました。物語において絶対的主役性を持つ赤色。その色で装ったチームメンバー複数人で街を歩き回るという行為によって、「誰もが主役」であることを受け入れる銀座の特性を発見しました。そんなワクワク感を表現したのが、「Doki Doki Red Shop‼」です。
銀座で見つけたさまざまな赤をショップ形式で展示し、記念品としてステッカーを配布しました。こうした学生たちの気づきを資生堂に所属するクリエーターもサポートしました。

「資生堂でヘアメイクアップアーティストとして活動している者として、銀座の赤を取り入れるという考えを聞いて、改めて赤という色を意識しました。対話を通して、学生たちの中に潜在的にあった意識が改めて沸き起こったんだろうなと感じています。こうした活動を続けることで、これからの銀座、さらに未来の日本というものが、活気づく機会になってくると思ってワクワクしています」(豊田健治)

「展示を実現できたのは、MATSUZAKI SHOTEN の松﨑宗平さんと中村活字の中村明久さんのおかげです。銀座の皆さんが主役のような自信を持って店を良くしていくとともに、それが街づくりにもつながっていること。さらに街づくりをすることが、店づくりにもつながっているという銀座の特徴を理解することができました。
そのことから私たちは銀座の誰もが主役という考え方を見出して、主役を象徴する赤という色に到達し、銀座の人と人とのつながりを俯瞰できたと思います。それでも、我々若者がこれから銀座にどう居場所を見つければいいのかという疑問は残りました」(岩井彩音さん、森谷みのりさん、小野薫乃さん)

「我々の仕事や暮らしの中心となっているものは、銀座という共同体の中での生活だったので、それを学生さんたちにちょっとでも見てもらえたら、何か役に立てるかなと思ったんです。会場に来て展示を見たら、全員が赤色をまとってのパフォーマンスでした。これはすごく素敵な回答だなと思いました。今回のこの企画は、銀座という街に学生さんが入ってきて何かをするっていうふうに見えると思います。
しかし私は逆に、展示作品を作るという彼女たちの過程の中に、銀座で働く自分が入っていって、何を見つけることができるのかということをテーマにしてみたんです。その過程で気づいたのは、学生さんたちが30 歳、40 歳になったときに銀座っていいじゃんって気づける街を築いていくことがすごく大事だなということでした」(松﨑宗平さん)

若者たちの未来に対して、彼女彼らの居場所を用意しようと店や街を磨いていく、という松﨑さんの考え方は、銀座の街の特徴でしょう。その思考にこそサステナブルなこの街の未来志向があるように感じます。

サステナブルな美を写真と言葉で曖昧につなぐ

100 年後まで遺したい銀座の美

本展には、以上3つのチームに加え、アート、哲学、環境人文学、デザインの専門家とのセッション、エッセー執筆を経て、テーマに対するビジョン構築に取り組んだ学生たちも参加しました。

土産店やミュージアムショップで見かけるポストカード売り場のような陳列台に、約120 枚のカード作品を並べ、来場者に自由に閲覧、持ち帰っていただく展示です。カードには現代の銀座の写真に短いコピーが添えられ、一体の作品として表現されていますが、そのコピーは写真の解説のために創られたのではありません。参加学生が「サステナブルな美」をテーマに書いたエッセーの中からキーワードや印象的なフレーズとして抽出した言葉を、銀座の写真と実験的に組み合わせたのがこれらの作品です。したがって、コピーと写真の関係は密接ではなく、むしろ曖昧ささえ感じさせます。

「プロジェクト全体に言えることですが、曖昧さや違和感、ノイズが、サステナビリティを考える出発点になっています。学生たちと銀座の街、学生たちとリサーチやインタビューに協力していただいた人たち、これらの間にはあらかじめ密接で親和性の高い関係があったのではなく、違和感やノイズ、遠慮や不安を抱く関係から出会いが始まっています。むしろ違和感やノイズを認め合い、そこから相互理解を深め、つながりを表現することがこの展示会の意義と言えます。カードの展示は、さらに違和感や曖昧さを作品のコンセプトの中心に据えた試みです。写真とコピーの関係が曖昧であればあるほど、作品に新たな関係が生まれ、その関係が過去や現在の意味やイメージから解放されるように感じました。ここにサステナビリティという未来視を表現する可能性があるのではないでしょうか」(下川一哉さん)

銀座発、東京発、日本発ポジティブなノイズをどのように発信していくべきか。

私たちはこの産学共同の教育プログラムと展示会「GINZA STREET LAB」の意義を次のように総括しました。

「1つ目は、言葉とか対話とか、会話の重要性。2 つ目は、銀座には街と人との心豊かな関係性がちゃんと残っている、生きているということの大切さです。これらを学生たちは色々とリサーチして展示作品に結び付けました。ICT が非常に発達して社会インフラになっていますが、コミュニケーションというところで人間の能力がこれらに追いついているのだろうかと疑問を覚えます。非常に高密度な情報のやり取り、言葉のやり取りも、ややもすると言葉の情報性の部分だけが独り歩きをして、大切な感情の部分とか、ニュアンス、意味の広がりが目減りしているのかもしれません。だからこそ、そういった危うさをどういうふうに解消できるか、社会の真のイノベーションを目指す際にどこにヒントを求めるべきなのか、そんな問題意識を基にした新しい学びとその手法がクローズアップされています。今回、多くの皆さんの協力によって学生たちは、いいヒントと学びを得たと思います。こういった学びやヒントを銀座発、東京発、日本発で世界に向けてどういうふうに情報発信や、文化発信できるか、そういったことを美大としても考えていかなくてはならないでしょう」(井口教授)

産学共同事業における課題は数多くありますが、いま最も求められているのは豊かな未来を創造するためのイノベーションの種を撒き、発芽させることではないでしょうか。銀座には、人と人とのつながりを大切にする文化土壌があり、次世代の感性にも響く有形無形の「人の生態系」が果てしなく広がっていることを、わたしたちは強く実感することができました。ここから芽生える未来の可能性を展示作品として街の一角にある資生堂銀座ビルに可視化、具現化、まちの方々と共有化したこのプロジェクトの意義は、決して小さくありません。

CREDITS

PROJECT DIRECTION

資生堂クリエイティブ本部
石井美加(プログラムファシリテーター、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所客員研究員) 堀景祐(「銀座生態図」アートディレクター) 髙田大資 高嶺祥子
武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科
井口博美(同学科教授) 小山さくら 若狭風花 鳴田小夜子

RESEARCH

RESEARCHER
武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科 学生
TEAM A
浦山紗理奈 今野瑶子 竹山唯月 露久保理子 LEE SUPIN
TEAM B
木下秋津 崔恩瑛 坂上小春 名雪ハル
TEAM C
岩井彩音 小野薫乃 小塩夕絢 森谷みのり
飯田結 伊祁真凜 乾友乃 梶野結暉 清野珠央 小山貫士郎 権藤義人 戸澤穂奈美 中澤裕韻 濱野雅楠 増野惇子 丸山源登 山田滉将

PARTNER

GINZA RESEARCH PARTNERS
栗岩稔(Bar Morita ※21 年9 月時点) 渡辺新(壹番館洋服店) 神戸由紀子(CHAIRS) 森岡督行(森岡書店) 中村明久(中村活字) 松﨑宗平(MATSUZAKI SHOTEN)
PROJECT PARTNERS
下川一哉(意と匠研究所) 伊藤賢一朗(資生堂アートハウス) 鞍田崇(哲学者) 石神夏希(劇作家) 豊田健治(資生堂ビューティークリエイションセンター) 姥貴章(資生堂クリエイティブラボ) 吉川雅人 上田奈々 山崎裕太(BBmedia) HAKUTEN CREATIVE

OTHER PROJECT